「シェナンドー」は、正確な発祥など不明な点も多く、タイトルの”シェナンドー”の意図するものや解釈についても諸説ある、古くトラディショナルな一面を持った歌曲です。
今回は、ピアニスト”キース・ジャレット”のインストゥルメンタルをピックアップさせてもらいました。
最高峰とも称されるピアニスト”キース・ジャレット”が、「シェナンドー」ほか、スタンダードナンバーを取り上げた、1999年のアルバム「メロディ・アット・ナイト、ウィズ・ユー」に収録されています。
デスクワークや読書にはもちろん、今もよく聞くアルバムのひとつで、おすすめの1枚です。
YouTubehttps://www.youtube.com/results?search_query=Shenandoah+Keith+Jarrett
キース・ジャレットの、優しく、美しく、気品がありながらも、どこか切なく叶わぬ想いや愛おしさに咽び泣くようなピアノ。
その旋律は想いを馳せる大切な人や、大切な場所、大切な景色のことを表しているような気がします。
本来はボーカルメロディがある楽曲ですから、旋律が呼吸をするように自然で、気持ちに入り込んできます。
言葉が無くても音や旋律から伝わるもの、国も、人種も、性別も関係なく響く、音楽の素晴らしさや優しさ、そんな音楽の偉大さまでも感じてもらえるといいですね。
「シェナンドー」とは?
本来の歌曲「シェナンドー」について、少し知っておきましょう。
「シェナンドー」は1800年代前半に作られたと言われている米国の民謡で、その起源は船乗り達の”はやし歌”とされていますが、正確な発祥や作者は不明で、現在までに多くのバリエーションがあります。
多くの歌詞や解釈では、ネイティヴ・アメリカン(アメリカ原住民)であるインディアンの首長”シェナンドー”の娘と入植者の恋を描いています。
”シェナンドー”の娘に恋をした入植者が、遥か長い道のりを経て会いに行く…というものです。
米国中央から南部メキシコ湾へと注ぐ幹流ミシシッピ川、中西部へ広がる大きな支流はミズーリ川となり、米国中東部ヴァージニア方面へと繋がる支流はオハイオ川となります。
さらにオハイオ川からの支流はテネシー川へと姿を変えて行きます。
当時は、こういった河川網を船舶などを使い、主な交通手段としていた頃ですから、川を進むといった描写があるのは、そのためです。
2人の恋は他の強い権力者に娘を奪われてしまうといった、想いを遂げられない悲恋が付加されているバリエーションもあります。
インディオは黒色人種の人たちと同じく、奴隷として扱われていた悲しき一面もありますから、愛しい人を想う長い時間や距離に加え、身分や立場の違う者同士に芽生えた純粋な恋心が、また共感や魅力を増幅したのでしょうか。
“はやし歌・労働歌”であったとする発祥期のものは、もっと威勢の良いノリで歌われていたものであったのかもしれませんし、そこから男達の恋心やフィクションなどが入り、現代までにどんどん情緒的になっていったとも考えられますね。
そして、また別の見解では、この曲が作られたとされている1800年代前半、強権で知られる当時の米国大統領”アンドリュー・ジャクソン”のもと、インディアン強制移住法が制定され、多くの先住民族がオクラホマ州に作られた保留地へと強制的な移動を強いられました。
曲の発祥時期が、そういった時代と重なることから、そのインディオ達の悲しき運命を歌ったものではないかとする解釈があります。
多くのインディオの部族は米国南部、南東部に多く住んでおり、その部族の1つ、チェロキー族が住んでいたとされるカロライナ州やテネシー州、ヴァージニア州などからの移動ルートでは、歌詞中にある広大なミズーリ州を越えて保留地へ行くことになります。
また、ヴァージニア州にはシェナンドー川やシェナンドー渓谷があり、歌詞のバリエーションに当てはまるというわけです。
追い出された故郷となる土地や昔を思い、歌ったという見解です。
少し考え過ぎなような気もしますが、そう捉えられないこともないですね。
この強制移住のきっかけは、インディオの居住地区に金脈が発見され、彼らを入植者の都合で巧みに取引させて追いやったことが原因。
本当に人間とは、今も昔も欲深く、汚い生き物で嫌になります。
この過酷な移動の道のりでは、何千人というインディオが過労と病から亡くなったとされており、インディオ達から「涙の道」(Trail of Tears)とも呼ばれています。
なにせ不明な点も多く、歌詞にも様々なアレンジがあり、古く歴史のある作品なので、どちらの解釈や思いがあっても、おかしくはないですね。
ただ、2006年には、シェナンドー川やシェナンドー渓谷などがあるヴァージニア州で、紹介の曲「シェナンドー」を州歌とするよう議会で提案されたのですが、「シェナンドー」はインディオの首長の名であり、州との関連性が無いということから異論が起きました。
そのため、この件では、メロディはそのままで歌詞を変更した「Our Great Virginia」(我らの素晴らしきヴァージニア)が作られ、2015年にヴァージニア州歌に採用されています。
このことからも、やはり元々は、はじめの解釈のような”はやし歌”から成り立ったラブソングだったという説が強いと思われますが、「シェナンドー」という言葉やメロディが違う歩き方をして、途中でインディオの思いが描写され、派生したとも十分考えられるでしょう。
どちらの解釈にしても、思いを馳せる気持ち、遂げられない想いが共通している楽曲です。
僕は、前述通り、歌曲としては知らずにキース・ジャレットの「シェナンドー」の旋律を聴き、大切な人や大切な場所、大切な景色のことを表しているような気がしたわけですが、ぜひ皆さんそれぞれが、心や脳裏に浮かんだものから、この作品に込められた想いを感じてほしいと思います。
多くのアーティストにカヴァーされている名曲ですので、ぜひ色々と聞き比べてみて下さい。
尚、「シェナンドー」は、1965年の映画「シェナンドー河」(原題:Shenandoah)などにも使用されています。
【その他の主なカバーアーティスト】順不同
- シセル (Sissel)
- ケルティック・ウーマン (Celtic Woman)
- トム・ウェイツ (Tom Waits)
- ブルース・スプリングスティーン (Bruce Springsteen)
- ピーター・ホーレンス (Peter Hollens)
- ポール・ロブスン (Paul Robeson)
- グレン・キャンベル (Glen Campbell)
- ジョー・スタッフォード (Jo Stafford)
- テネシー・アーニー・フォード (Tennessee Ernie Ford)
- ハーヴ・プレスネル (Harve Presnell)
- アーロ・ガスリー (Arlo Guthrie)
- ブラザース・フォア (The Brothers Four)
- リアム・クランシー (Liam Clancy)
- チーフタンズ (The Chieftains)
- ヘイリー・ウェステンラ (Hayley Westenra)
- メイヴ・ニー・ウェールカハ (Méav Ní Mhaolchatha)
- ブリン・ターフェル (Bryn Terfel)
- ネイサン・ガン (Nathan Gunn)
- マイケル・ランドン (Michael Landon)
- ハリー・ベラフォンテ (Harry Belafonte)
- ヒラリー・ジェームス (Hilary James)
- スージー・ボグス (Suzy Bogguss)
- ロジャー・マッギン (Roger McGuinn)
- サマー・ワイン (Summer Wine)
- 矢野顕子 (Yano Akiko)
- 水木一郎 (Mizuki Ichiro)
- ユン・サン・ナ (Youn Sun Nah)
- デューク・エイセス (Duke Aces)
- チャールス・ロイド&ザ・マーヴェルズ (Charles Lloyd & The Marvels) 〜Inst〜
- エイドリアン・リーパー (Adrian Leaper) 〜Inst〜
- スティーブン・ミード (Steven Mead) 〜Euphonium Inst〜
- ロマン・ロクスン (Roman Roczeń) 〜Gt Inst〜・・・ほか