紹介の曲「ザ・ウェル」は、マーカス・キングが2020年にリリースしたソロデビューアルバム「エル・ドラド」(El Dorado)の先行配信シングルとして2019年10月に公開リリースされた楽曲。
切れ味のよいキャッチーなリフを持つブルージーなロックナンバーとしてアルバムでは2曲目にクレジットされている作品ですが、プロローグ的な印象の強い1曲目の「ヤング・マンズ・ドリーム」(Young Man’s Dream)を経て、この曲から勢いづくという点ではアルバムの実質的なオープニングといえるような楽曲です。
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マーカス・キングはソロとなる以前より、バンド”マーカス・キング・バンド”のボーカルギター&リーダーとして活動し、その卓越したギタープレイで耳の肥えたリスナーや音楽関係者から既に高評価を集め、2019年にはエリック・クラプトン主催のチャリティイベント”クロスロード・ギター・フェスティバル”でクラプトンほか、バディ・ガイ、ジェフ・ベック、ジョニー・ラングなど、錚々たるメンツとの共演も果たしました。
過去の偉大なミュージシャン達に並ぶようなしっかりとしたギターテクニックはもちろん、ファルセット主体の歌唱で未だ伸びしろを感じさせるものの、トム・キーファーやスティーヴン・タイラーをも彷彿とさせるディストーションがかかった声を持ち併せ、彼らと同じくブルースやカントリーなどのルーツミュージックへの理解や敬重も感じられるマーカス・キングのサウンドは、現在の掴みどころのない多様性に満ちたベリーポップな音楽シーンにおいて稀有で頼もしい存在とも言えるでしょう。
紹介の曲「ザ・ウェル」が収録されたアルバム「エル・ドラド」は、ナッシュビルにスタジオを持ち多くのアーティストのプロデュースも手掛け、第55回グラミーで最優秀プロデューサー賞の受賞経歴も持つブラック・キーズ(The Black Keys)のギターボーカル”ダン・オーバック”をプロデューサーに迎えて制作されました。
ダン・オーバックとの共作は、ソロ以前の”マーカス・キング・バンド”のアルバム「カロライナ・コンフェッションズ」収録の曲「How Long」以来で、今回はすべての曲がダン・オーバックとの共作となっており、アルバム制作にあたり2週間でマーカスを筆頭にプロジェクトチーム内で数多くの曲が創作、セッションされ、バンドワークを試みながら3日で18曲ほどに絞られて完成に至ったと語っています。
アルバム「エル・ドラド」は、2021年グラミーアワードの最優秀アメリカーナ・アルバム賞(Best Americana Album)にノミネートされました。
アメリカ南東部に位置するサウスカロライナ州のグリーンビル(Greenville)で生まれたマーカス・キングは、自身で四代目となる曾祖父から続くギタリスト一家と呼ぶべき家庭に生まれ、ブルースギタリストであり牧師でもあった父のマーヴィン・キングのもとで熱心な教会の教えとともに育まれたと語っています。
ギターを手にしたのは3歳くらいの時で、両親が離婚すると父親のもとで育てられ、父親が仕事に行っている間に預けられた祖父母の家で何時間もギターに没頭したといいます。
そして、11歳の頃には父親と共にクラブで演奏をはじめ、13歳になると自分のバンドを結成。
ミドル・スクール時代(日本でいう小学校高学年~中学1年生あたり)には、皆とは違う自分の外見や趣味嗜好から周りになじめず疎外感を感じて過ごしたと語っています。
そんな自分に理解を示してくれた女の子がいて、その女の子には初めて恋心を抱いていたといいますが、13歳の時に彼女は交通事故で急逝。
マーカスはその時の気持ちや現実を処理することはとても困難で、そのことをきっかけに自らが歌うということを覚えたといいます。
人生はときに難題を与えるが、様々な境遇にも音楽やギターは決して自身に否定的なことを言わずに自分の気持ちに素直に答えてくれる相棒やセラピストのようなものでもあり、そんな関係は今も変わらないとも語っています。
尚、「ザ・ウェル」の収録されたアルバムタイトルとなった「エル・ドラド」(El Dorado)の命名には、南アメリカ北部の奥地に存在するとされた想像上の土地(黄金郷自体や理想郷)という本来の意味合いはもちろん、アルバムのプロデューサーであり親友のダン・オーバックに車を購入する際にキャデラックを勧められたことに加え(キャデラック・エルドラードを購入)、3歳のころに初めて恋に落ちたギターで、自分と音楽との出会いとなったきっかけとなった父親の所持するギブソンのEpiphoneアコースティックギターも「EL DORADO」であったことが、運命的で決定的なインスピレーションになったといいます。
本作は、過去の自分や宿命から逃げることでなく、自身の姿や生き様、初心に向き合い前進する意気込みを感じさせるアルバムといえるでしょう。